そのガスシリンダーあとどれくらい入ってますか?

そのガスシリンダーあとどれくらい入ってますか?

これにて閉店

また腹立った話をしていいでしょうか?

今日もいつも通り店を開けた。

お客さんが来た。

今日はオープン間もなくして続々と人が来て気づけば3組。

そしてオーダーを取りキッチンへ.

まだ腹は立ってはいません。

スタッフから返ってきた言葉は「ガスがないから作れない。

…。

閉店。


言い訳がむなしくも言い訳にならず

火の使わない料理はない。

「ガスが来なかった」

「こいつがガスをいっぱい使うから」

最近、麺をゆでる機械が大きくなって確かにガスをたくさん使うようになり、消費も早かった。

頑張ってたくさんの言い訳をいつものように生み出すインド人

残念ながらこれは言い訳にはならない。

謎のルールによりガスのシリンダーは2つまでとなっていて、

飲み放題居酒屋と同じグラス交換制、つまりシリンダー交換制です。

1つ無くなれば1つ追加できるのです。

どんなに麺ゆで機が大量にガスを消費しようと1日でなくなることはまずない。

リーダーにいつ一本ガスが無くなっていつその分をオーダーしたかを聞くと、

「4日前になくなり、昨日注文した」

謎の頼まない3日間。

責任のない人生

このリーダームカつくのが、言い訳の時は威勢がこれでもかいうほど良いのに、

自分のミスだと指摘されそれが公に認めざる得なくなった時、ヘラヘラしだすのだ。

そのヘラヘラ笑顔はお客さんの前でふりまけ。

これまでもいろんなものが無くなり、お客さんにお出しできない状況があった。

スープの在庫管理、

「スープ無くなったし、さぁオーダでもするか」といった具合。

そしてぎりぎりで当日無くなった。

一号店からスープが来なかった。

餃子がお出しできない。

「ワンタンシートがだめだ、一号店の保管が…」

自分たちの伝えミスで提供できないことがあっても、彼らが謝りに行くことはない。

お前の責任はどこへ行ってしまったのか?

失ったのか元々ないのか、責任を探してこい。

インドの立派な文化

インド人からしてお店のメニューの中に作れない商品があるのは普通なのかもしません。

インド人のお客さんにオーダーを取ったあと、キッチンでできないメニューが発覚したとしよう。

また謝罪だ。謝る文化日本人。

「すみません、ご用意できません。」

「あーそうなんだ、わかった」

異常なまでに理解が早い。どのお店にもできないものがあるものとして生きているのだ。

日本人同じことが起きると、店に疑いを持ち「ほかに出来ないメニューはあるの?」という反応になる。

これが悪いと言ってるわけではありません。用意できない店側に非があるのです。

しかしこの反応の違いは国で明らかに分かれる。

それを人は文化と呼ぶのではないでしょうか?

そしてインドで育った人は用意できないメニューがあることが当たり前と認識して成長し、

大きくなって提供する側になったとき、出来ないメニューがあっても仕方ないという認識になっているのだと思います。

事の重大さが分かっていないというか、事の重大さが国で違うのです。

そんなインドは何が一番”ヤバい”なのでしょうか?

対処法はこの世にない

同じようなことが何度も起きる。その都度注意するも人のせいに。

当事者意識が全くないことはもういい。

これを文化と言うのなら国境を越えてきている以上もう何も言わない。

しかし問題には対処法があるはず。

頼むから可能思考で生きてくれ。

何か提案しても、でも、でも

負の発想は一人前。

僕らが手を貸すことが最善とも思わない

なら在庫は日本人で管理すればいい。

そうしよう。

料理の量毎回違くね?

そうか日本人で作ればいいか!

ここが汚れているって気づかなくね?

あ、そうだ日本人で拭けばいいや。

インド人には何ができるのでしょう。

僕はインド人が出来るようになる、なにかシステムを考えることがベストだと思っています。

できないことは簡単な事ばかり

頼むでインド人、僕より年上、もういい大人なんやからさ!

「はい、今ストレス感じましたー!!」

と明確にストレスを把握できるまでに成長した。

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