象使いの免許を取りにいきますか?僕はもう要らない。

象使いの免許を取りにいきますか?僕はもう要らない。

注)象に乗った人は見ないでほしい、象に乗ってない人に見てほしい

僕は象使いですって言いたかった

めちゃくちゃネタになるし、欲しい。

1日でとれるという気軽さ。

これを読んでいる人の中にもそう思っていて、いつかラオスやタイに行こうと思ってる人はいるんじゃないでしょうか?



知らぬ間に虐待援助

僕もずっと象使いになろうと思っていました。

簡単に取れてこんな記念になるものが手に入るならやらないなんていう選択肢はありません。

ということで象使いについて調べてみたのです

すると楽しい夢ある記事ではなく、違った一面について書かれた記事があったのです。

通常野生で生きてる象。

見知らぬ人間が来て背中に乗って、言うことを聞かすなんてこと1日でできることではない。

知識も信頼もない見知らぬ人をなぜ象は許すのか?

そんなことに疑問を持つこともなく、ただ免許が欲しい、面白いとばかり思っていました。

詳しくはこちらの「人気の「象使いライセンス」取得の裏に潜む事実を知っていますか?」記事に書いてあります。

観光客が象使いの免許をとるためにまたがる象は、子供のうちに母から離されて人間からしつけという名の拷問が始まるのです。

象が人間に心を許したのではなく、人間に対して怯え象が象でなくなってしまっているだけなのです。

刃のついた棒を振りかざして痛めつけるシーンや、象に穴が開いた写真。 象使いの象というのは多くの傷を負っているそうです。

それも背景として拷問を受けていた時期があるからです。

参照

過酷な虐待を受けた後、重い椅子などを載せられ人を運ぶ象は耐えきれず死んでしまうこともあるそうです。

象使いの免許を取った人の中にこの事実を知っている人がどれくらいいるのでしょうか?

知ったうえで免許を取っているのなら、その人のことを怖く思います。

今までそんなことも知らずただただ盛り上がっていた僕もこの事実を知らなければ、観光の1つとして免許を取りに行っていたかもしれません。

知らないって怖いですね。

知らないうちに残酷な行為に加担したり、手助けしてしまったりしているかもしれません。

本来人間と近くで共生できない動物と写真を撮れたりするイベントには裏側の話があるのですね。

それが必ずしも虐待とは限りませんが、 少なからず、野生の本能とは違った行為だということを考えるべきですね。

21歳に答えは出せない

象を救うには、客がいなくなることなのです。

象使いの免許を取る人がいなくなれば象を虐待する必要もなくなるのです。

行くのをやめましょうという活動をしている人もいるそうですが、届いていないのが現実です。

僕は行きません。

あなたはこの事実を知っても行きますか?

じゃぁ動物園はどうなるんだ、水族館はどうなるんだ。サーカースはどうするんだ。

全て野生とは違う生活をしてるじゃないか。

自問自答しておきながら黙ってしまう。(自問自答だからずっと黙っていますが)

度合は違うにしろやっていることは一緒である。

哲学的な話になってしまって、僕には手に負えなくなってしまいました。

「答えをください。」 とインド人のような発言。

数年後にこの答えを出しましょう。

答えが先かブログの終了が先か。

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